「まもなくでーす」
「お時間です!」
係員がそう告げると、剥がしが前の方をレーンの外へと強く引っ張る。
「どうぞ」の合図で、僕は改めて話すことを頭の中で整理し、前の人の会話を断ち切らないよう少し躊躇いながらレーンへと入る。
左頬に微かなえくぼが浮かび、真っ黒な瞳が僕の方へと向く。口が「あ」の形に開いて、右手を少し振って、僕のことを迎え入れた。
「やほ!」と挨拶すると、二人とも習慣的に手を差し伸べて握手をした。
「今日はヘアピンしてるんだね」、早起きで眠い中、推しメンが珍しく握手会で髪飾りを付けていることに気づく。
「そうだよー」と眠そうに返してくる。
「ヘアピンめっちゃ好きなんだよね」、この時点ではもうなにを話そうとしていたかすっかり忘れてしまった。
「そうなの?」
「うん、じゃあまたくるね〜」肩に強い力を感じ、会話を終わらせる方向に持っていった。
荷物をカゴから取り出しながら、推しメンの方にもう一度振り向く。
すでに次の方を迎えていたが、左の八重歯だけ少し奥になっている笑顔をちょっとだけおかわり。
僕の推しメンは、山下エミリーちゃん。
エミリーのことを初めて知ったのは2015年の3月。当時応援していたアイドルにしょっぱい対応をされて、帰省して人生の意味を考えていた時期だった。
春休み真っ只中、興味のあった梅本泉ちゃんの出ていた「博多百貨店3号館」をなんとなく見ていた。3本撮りで、1本目の放送も2本目の放送も梅本泉ちゃんにしか目が行かなかった。
そして、僕の人生に、オタクをやめるな!と叫ぶように割り込んできたのが、3本目の焼肉女子会企画。
高級なお肉をかけたじゃんけん、エミリーが矢吹奈子ちゃんに負けてしまい、お肉が食べられないことになった。
悔しそうに「ねぇ、食べたい〜」と声を漏らしていた。
見ていた時は何も思わなかったが、その後に家族と出かけて、車の中で「ねぇ、食べたい〜」の声がずっと頭の中から離れられなかった。
当時、手元に握手券もなく、ほぼオタクをやめようとしていた。自分の理性が、応援しなくていいと言っていた。しかし買い物中ずっとエミリーの声がリピートしていて、これは本気で好きかも知れないと初めて認識した。
オタクをやめるまで来ていたのに、またオタクに戻るのは抵抗があった。でも、どうせなら戻るなら、エミリーの応援をやめたいと思った時点でオタクもやめようと、自分に約束した。
それから早4年、ずっと応援して楽しいと思える4年間ではなかった。さっぱりでサバサバした性格故、一時期握手会に来てくださっているファンがしょっぱい思いをしてしまう対応をしていた。もちろん自分もそういう思いをした。
なんでこういう対応するんだろう、とずっと悩んでいた時期もあった。でも応援をやめようとは考えなかった。握手会を楽しもうと、毎回少し変なことを言ったり、反応しやすくツッコミもしやすいようなことを言ってみたりした。
でも2017年の総選挙期間から、対応がガラッと変わった。笑顔が増えて、言葉をかけるとしっかり反応するようになった。大人になったのか、同期や大好きな先輩が卒業する悲しい時期でも、そういう感情をファンにぶつけることなく、来てくださったファンの方々を楽しませている。
エミリーは、劇場公演での魅力が一番の強み。体調が万全な時は、ステージでの姿が、他のところを見ていても強く惹かれてしまう。エミリーを応援する前は、ダンスが得意なメンバーを何人か応援していた。ダンスが得意ってほどでもないが、個人的には文句なしのパフォーマンスはできていると思う。
可愛い曲とかっこいい曲での表情、小さい頃からダンスを習っていたメンバーに衰えない振りのキレ。そして喋るとバカがバレてしまう。
握手会の終盤では、いつも「ありがとうね!」と言ってきてくれる。軽快で、溜めることもなく。
その日、GW最終日の握手会でもそう言ってくれた。
「全然!がんばってね!」と返し、次またいつ会えるのか考えた。
僕の推しメンは、山下エミリーちゃん。これからも、ずっと応援するつもりだ。